電力線通信(PLC)モデムの信号電力スペクトラム (2007/06/21)

電力線通信(PLC)モデムの信号電力スペクトラムを測定しました.実験室に構築した電力線モデルを使いました.図1に測定系を示します.

Experiment system

図1: 測定系

便宜上,コンセントに,"A", "B", "C" とアルファベットを割り振っています.コンセントCでは,ノイズカットトランスを介して,100V 60Hzの商用電力を電力線モデルに供給すると共に,外来のノイズが電力線モデル上に入り込まないようにカットし,電力線モデムの信号を外の配電系に流れないようにしています.

実験に使用したPLCモデムは,表1に示す4種類です.

表1: PLCモデム
メーカ・型番 通信方式 最大物理レート MAC S/N
Panasonic BL-PA100KT HD-PLC 190Mbps 0080F083B2E3 7AAXB017088
0080F083B2E4 7AAXB017089
NETGEAR HDXB101 UPA 200Mbps 00184DF4BD93 1NS274BU0008B
00184DF4BD7E 1NS274BV0008C
Preminet PLAM2500J ITM1/ICM1 2.5Mbps 0002C72B5F22 650123A
0002C72B5F3A 650123A
NETGEAR XE104 (死線) HomePlug Turbo 85Mbps 000FB5D900EA 184161AG0091B
000FB5D9014D 184161A3008AF

ただし,NETGEAR XE104は日本での使用認可がない電力線通信モデムですので,商用電力を重畳しない電力線モデル上で,信号・電源分離ユニットを介して実験を行いました.以降では,通信方式でPLCモデムを識別します.その他の実験装置を表2に示します.

表2: 実験装置
PC 2式 iris (コンセントA側), squall (コンセントB側)
  CPU: Intel Pentium 4 1.5GHz
  メモリ: DDR SDRAM 256MB
  OS: Debian/GNU Linux
  ネットワーク解析ソフト iperf がインストール済み
スペクトラム・アナライザ 1式 Agilent Technologies 8564EC
  測定周波数帯: 1MHz〜35MHz
  リファレンスレベル: 0dBm
  周波数分解能: 10kHz
  ビデオ分解能: 10kHz
  スイープ時間: 850msec
GP-IBコントローラ 1式 アクティブセル GP232
ノートPC 1式 IBM ThinkPad X40
  OS: Windows XP Professional

実験は次の手順で行いました.

  1. コンセントB側にある squall で iperf サーバを起動します.測定時間は60秒で,ウィンドウサイズを最大値 214kbyte としました.

    squall# iperf --server --udp --time 60 --window 214k
    
  2. コンセントA側にある iris で iperf クライアントを起動して UDP で squall に向けてデータグラム送信を行います.オプションの送信ビットレートを 100Mbps としています.実際には,NIC と PLC モデム間のネゴシエーションで送信ビットレートが決められます.

    iris# iperf --client squall --udp --time 60 --window 214k --bandwidth 100m
    
  3. 2.の操作後,すぐにコンセントAに接続したスペクトラム・アナライザを MAX HOLD として,測定を開始します.

  4. iris の iperf クライアントが送信結果を出力したら,GP232 を介してスペクトラム・アナライザのデータをノートPCに保存します.

  5. iris の iperf クライアントの送信結果を保存します.

以上,操作を各PLCモデムに対して行います.また,背景雑音の電力スペクトラムとして,活線状態の電力線モデル上にPLCモデムを接続しない状態で,60秒間 MAX HOLD したデータを保存しました.さらに,伝送速度の比較対象として,研究室内 LAN 上での iris と squall 間のスループットを測定しました.

最初に,表3に iperf によるスループットの結果を示します.

表3: LANとPLCモデムのスループット
  送信ビットレート 受信ビットレート 最大物理レートとの比
LAN 95.7Mbps 95.5Mbps -
HD-PLC 95.7Mbps 78.7Mbps 0.414
UPA 95.8Mbps 86.6Mbps 0.433
ITM1/ICM1 9.58Mbps 1.12Mbps 0.448
HomePlug Turbo 95.7Mbps 34.4Mbps 0.405

表3からUPA方式がPLCモデムの中で,最大のスループットを持っています.しかし,携帯電話ACアダプタによる電力線通信(PLC)モデムのスループットへの影響での結果では,UPA方式モデムは電源周期に同期した伝達関数の短時間変動により,大幅なスループットの低下が見られます.

さて,送信電力スペクトラムを見る前に,ここで2MHzから30MHzを利用する屋内電力線通信(電波法では「広帯域電力線搬送通信設備」)の規制値について触れておこう.規制は放射妨害波の主要因であるコモンモード電流(電波法では「伝導妨害波の電流」)の値でなされています.2MHzから30MHzの通信状態におけるコモンモード電流値は定められた測定法に従い,表4を満足しないといけません.

表4: 通信状態におけるコモンモード電流
周波数帯 許容値
準尖頭値 平均値
2MHz-15MHz 30dBμA 20dBμA
15MHz-30MHz 20dBμA 10dBμA

今回の測定対象は送信電力スペクトラムであり,また電波法に定めれた測定法でありません.ここでは,送信電力とコモンモード電流との相関関係については検討していませんが,表4より15MHz-30MHzの送信電力は2MHz-15MHzの送信電力より10dBくらい低いことが予想されます.

PLCモデムの信号電力スペクトラムと電力線モデル上の雑音電力スペクトラムとの比較を図2〜5に示します.図中の雑音電力スペクトラムは,ノイズカットトランスを介した電力線モデル上の雑音であり,実際の配電線上の雑音ではないことに注意して下さい.実際の配電線上の雑音電力スペクトラムは通常,もっと大きいものになります.スペクトラム・アナライザの周波数分解能(RBW)は全て10kHzです.

HD-PLC spectrum UPA spectrum
図2: HD-PLCのスペクトラム 図3: UPAのスペクトラム
ITM1/ICM1 spectrum HomePlug Turbo spectrum
図4: ITM1/ICM1のスペクトラム 図5: HomePlug Turboのスペクトラム

HD-PLC方式モデムの信号電力スペクトラムは,15MHz以下と以上で10dBの違いが綺麗に現れています.そこで,以下では,HD-PLC方式モデムと他のPLCモデムとの比較で考察をします.最初に断りますが,今回は送信期間中の信号電力スペクトラムの最大値(周波数分解能10kHz, スイープ時間850msec, 測定ポイント数601)を測定しています.瞬時値の平均値でもありませんし,準尖頭値でもありません.あくまで,60秒間の UDP データグラムの送信のうち,ある瞬間にはその電力値を持つ信号が伝送されているという事実のみを示しています.今回の結果から規制値に従っているかどうかは分からないことに留意して下さい.

HD-PLC方式モデムとUPA方式モデムとの比較を図6に示します.

HD-PLC vs. UPA

図6: HD-PLC vs. UPA

HD-PLC方式モデムは図6のグラフから,周波数領域の観測のみで規制値の効果を見ることができます.明らかに,15MHzから先はちょうど10dB低くなっています.一方,UPA方式モデムは周波数領域だけの測定からは規制値の効果がよく分かりません.利用するサブキャリアの位置も違うところが見られます.HD-PLC方式は2MHzから4MHzのPLC信号周波数帯のうち低い周波数のサブキャリアは用いていないのに対して,UPA方式モデムは利用しているのが分かります.また,4MHzから7MHzの間に,HD-PLC方式モデムは2つのノッチを形成しているのに対して,UPA方式モデムにはその間にはノッチがありません.一方,26MHzから27.3MHzにかけて,UPA方式モデムはサブキャリアを使用していないのに対して,HD-PLC方式モデムは利用しています.気になるのは,30MHzから32MHzにかけて,UPA方式モデムには弱い信号らしきものが観測されたことです.この範囲はPLCが認可されている周波数帯域外であるので,今回の測定系にどこか非線形の要素が含まれていると信じたいところですが,ノッチの部分は綺麗に出ているため,非線形の要素が含まれているようには思えません.PLC信号が認可されている周波数帯域外の信号スペクトラムは,UPA方式モデムのほうがHD-PLC方式モデムより大きいようです.また,ノッチの部分は,HD-PLC方式モデムの方が深いです.これは,HD-PLC方式モデムが採用している変調方式Wavelet OFDMの効果によるものと考えられます.

HD-PLC方式モデムとITM1/ICM1方式モデムとの比較を図7に示します.

HD-PLC vs. ITM1/ICM1

図7: HD-PLC vs. ITM1/ICM1

ITM1は物理層の技術名称,ICM1はメディアアクセス層の技術名称です.ITM1に採用されている変調方式はACSKであり,ACSKはAdaptive Code Shift Keyingの略でスペクトル拡散方式の一種です.スペクトル拡散方式は電力効率の良い変調方式で少ない送信電力で低いビット誤り率が期待できる変調方式です.しかし,送信電力スペクトラムの最大値で見ると意外に大きな電力で送信している瞬間があるようです.また,マルチキャリア変調方式を採用しているHD-PLC方式やUPA方式に比べて,急峻で深いノッチを形成することができていないようです.

HD-PLC方式モデムとHomePlug Turbo方式モデムとの比較を図8に示します.

HD-PLC vs. HomePlug Turbo

図8: HD-PLC vs. HomePlug Turbo

HomePlug Turboは電力線通信のHPA (HomePlug Powerline Alliance)が提供する通信規格の一つです.利用周波数帯は4.3MHzから20.9MHzです.日本で認可されていないPLCモデムであるため,信号・電源分離ユニットを用いて電力線モデルを死線状態として利用しています.信号・電源分離ユニットでの損失があるため,実際は若干信号スペクトラムは大きいのかも知れません.気になるのは,25MHz付近に狭帯域の信号が見えます.当初は短波放送を拾っているのかと思っていましたが,今回の電力線モデルにはノイズカットトランスを取り付けてあり,図2〜5のグラフ中の雑音電力スペクトラムから見られるように,短波放送からの干渉は拾っていないようです.信号のサンプリング周波数が50MHzであるので,D/AかA/Dの特性が出ているのかも知れません.

今回,信号電力スペクトラムの最大値を計測しました.しかし,規制値の関連はこれだけで議論するのは不十分で,時間的な特性も注意しなければならないと考えられます.次の機会には,パケット伝送ではありますが可能な限り連続送信の状態に近づけて,送信電力スペクトラムの時間平均について測定をしたいと考えています.


梅原 大祐 / UMEHARA Daisuke umehara@kit.ac.jp
Last modified: 2020/05/02 13:08
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